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ANA
全日本空輸株式会社(ぜんにっぽんくうゆ、英語表記All Nippon Airways, 通称全日空、ANA)は日本の航空会社である。本社は東京都港区 (東京都)|港区東新橋 汐留シティセンター。世界的な航空会社連合スターアライアンスのメンバー。
東京証券取引所|東証一部上場企業。
沿革
|略称 = 全日空/ANA(エー・エヌ・エー)|国籍 =
|郵便番号 = 105-7133
|本社所在地 = 東京都港区東新橋1-5-2 汐留シティセンター
|電話番号 = 03-6735-1000
|設立 = 1952年12月27日
|業種 = 5150
|統一金融機関コード =
|SWIFTコード =
|事業内容 =
|代表者 = 代表取締役社長 山元峯生
|資本金 = 1,600億128万4,228円
|売上高 = 単体1兆2,894億円
連結1兆4,896億円
(2007年3月期)
|総資産 =
|従業員数 = 12,945人
(2007年3月31日現在)
|決算期 = 3月31日
|主要株主 = 名古屋鉄道3.69%、日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)2.43%ほか
|主要子会社 = エアーニッポン
|関係する人物 =
|外部リンク = http://www.ana.co.jp/
|特記事項 =
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日本航空と共に日本の空を担う代表的な航空会社である。戦後設立された日本ヘリコプター輸送株式会社と極東航空株式会社の合併により誕生。特殊会社として発足した日本航空に対する純民間企業としてその地位を徐々に築いている。コーポレートカラーはトリトンブルー。航空会社コード|2レターコードの"NH"は、元の社名である「日本ヘリコプター輸送株式会社」に由来する。なお、日本ヘリコプター輸送は論客に政財界をやり込める者が揃っていたことから“日本屁理屈ター”とか、略称の「日ペリ」をもじって日に日に乗客が減っていく“日減り”、一方の極東航空は営業が思わしくなく出資者に苦労をかけたことから“極道航空”と揶揄されていたことがあった。当初、合併後の社名は「''全日本航空''」を予定していたが、日本航空(現日本航空インターナショナル)から日本航空株式会社法(1987年廃止)に「''(日本航空以外の)者は、その商号中に日本航空(株)の文字を使用してはならない''」と規定されており、これに抵触すると指摘されたため、再び検討となってその結果「全日航空」・「全日本空輸」・「日本空輸」・「全日空輸」・「日東航空」(なおこれは当時存在しており、1964年に発足した日本エアシステム|日本国内航空の前身の1つとなった)・「遠東航空」(「極東」と同義語、当時から中華民国の台北市に遠東航空|同名の航空会社があり、現存する)が候補に挙がり、結局「全日本空輸」が採用されることになったという。
歴史
成長期
純民間の航空会社として、日本ヘリコプターや藤田航空などの中小航空会社の合併を繰り返し事業とその路線網を拡張し、国内線においては国内線路線の運航を制限されていた日本航空や東亜国内航空を上回る路線規模の航空会社となり、ヴィッカース・バイカウントやフォッカー F27、日本航空機製造YS-11などの当時の最新鋭機を精力的に導入していった。反面、1966年に起きた東京国際空港|羽田空港沖でのボーイング727型機の全日空羽田沖墜落事故|墜落事故や全日空松山沖墜落事故|松山沖墜落事故はじめとする1960年代に起きた一連の連続墜落事故では、整備や安全運航面への疑問を指摘され、その後日本航空から派遣された社長の大庭哲夫の下で整備や運航安全面の見直しと拡充を進めた。
総代理店制度
全日空の成長の過程で特徴的な事として、総代理店制度の採用が挙げられる。これは、日本の航空輸送事業がまだ黎明期に、各就航地の有力企業と提携し、航空会社の業務のうち、市内業務(営業活動)と空港業務(ハンドリング業務)を委託するという画期的な制度であった。委託業務は、市内では航空券販売・電話予約センター・また代理店販売促進活動や団体営業、空港では旅客ハンドリング・貨物ハンドリングから、機側における各種業務や機内清掃まで、幅広い業務がある。総代理店の主な会社は、「北海道地方|北海道地区」では、三ツ輪運輸(釧路空港|釧路・女満別空港|女満別)、道北バス(旭川空港|旭川)、函館エアサービス(函館空港|函館)、「東北地方|東北地区」では日本通運(仙台空港|仙台・秋田空港|秋田・山形空港|山形)、庄内交通(庄内空港|庄内)、「中部地方|中部地区」では北陸鉄道(小松空港|小松)、富山地方鉄道(富山空港|富山)、新潟交通(新潟空港|新潟)、「中国地方|中国・四国|四国地区」では両備バス(岡山空港|岡山)・中国航空ターミナル(広島空港|広島)、サンデン交通(山口宇部空港|山口宇部)、日ノ丸自動車(鳥取空港|鳥取・米子空港|米子)、高松商運(高松空港|高松)、土佐電気鉄道(高知空港|高知)、「九州地方|九州地区」では九州産業交通ホールディングス|九州産交ツーリズム(熊本空港|熊本)、長崎空港ビル(長崎空港|長崎)、大分航空ターミナル(大分空港|大分)、宮崎交通(宮崎空港|宮崎)、南国交通(鹿児島空港|鹿児島)等が挙げられる。就航当初は、大阪国際空港|大阪(阪神電気鉄道)・福岡空港|福岡(西日本鉄道)も総代理店地区であった。また、松山地区は長らく伊予鉄道が総代理店を運営していたが、カード事業で日本航空との提携を進めた事で、平成17年度で総代理店契約を解除となった。名古屋地区(名古屋鉄道)の総代理店は、平成19年6月末をもって終了した。総代理店は、大口の株主にもなり、名古屋鉄道は長らく全日空の筆頭株主であった。その関係で名古屋鉄道と宮崎交通は全日空の社外取締役を輩出、名鉄は現在まで継続している。全日空と総代理店が共同で航空需要の開拓をしてきたが、昨今では予約のインターネットへの移行等で総代理店の業務も変わってきている。
ロッキード事件
その後も国際線チャーターに進出するなど順調に成長を続けたものの、1976年に行われたアメリカ上院における公聴会によって明るみになった、全日空のロッキードロッキードL-1011 トライスター|L-1011トライスター導入に絡む疑獄事件である「ロッキード事件」では、ロッキードの代理人として動いていた大物右翼の児玉誉士夫による不正工作を受けてL-1011トライスター機の導入を進めるために、大場をM資金に絡むスキャンダルで追い落として1972年に社長の座に就いた元運輸省|運輸事務次官|次官の若狭得治をはじめとする経営陣から逮捕者を出したばかりか、ロッキードから児玉や政商の小佐野賢治を通じて流れ込んだ5億円を受け取った容疑で田中角栄元首相他多数の政財界人が逮捕されるなど、日本の政財界を揺るがす大疑獄事件の舞台となってしまった。全日空はこの事件によって、日本の航空会社で唯一、航空機事故以外で社長が逮捕され有罪判決受けたという特異な経歴を有することになってしまったが、若狭はその後名誉会長になった挙句、長年「全日空のドン」として居座り続けたために社会的に大きな非難を浴びた。
国際線進出
*設立当初より国内線が主軸であったが、当時の運輸省の指導により日本航空は国際線と国内線幹線を、全日空は国内線幹線とローカル線・国際線チャーターを担当するとした、いわゆる『45/47体制|45-47体制』の変更を契機に1986年より国際線定期便の運航を開始した。最初の路線はL-1011トライスター機の運行によるグアム線だった。*1986年にアメリカロサンゼルス・ワシントンDC線をボーイング747|ボーイング747-200B型機で就航させ国際線就航1年を待たずしてアメリカ本土進出を果たした。翌年は現在の中華人民共和国への路線ネットワーク拡大の足がかりとなる北京・大連・香港線を開設、同年10月には初の赤道越えとなるシドニー線を開設した。1988年には韓国ソウル線、1989年にはロンドン線を開設して初のヨーロッパ進出となった。
*1994年関西国際空港開港後は、中華人民共和国・アジア線だけでなくヤンゴン・ブリスベーン・ムンバイ・ローマ・デンパサールなど関西国際空港からの中・長距離の路線の開設を積極的に行った。同時期には名古屋飛行場|名古屋からホノルルへの便や福岡からバンコク・上海・大連等の中国への路線も開設していた。更にアメリカ線の強化でシカゴやサンフランシスコ線を開設。更に東京や大阪からムンバイとを毎日運航で就航させた。
*しかし、「国際的に飛躍を続ける」という自らが望んだ企業イメージとは裏腹に国際線単体での赤字が続き、当初目指していた総花的な路線ネットワークから採算性重視のネットワークへの再構築を図った。結果として、関西国際空港からの国際線は大幅に縮小され成田国際空港重視のネットワークに集約された。また、1999年10月からスターアライアンスに加盟し、従来から成田でのスロット数の少なさによる路線網の少なさをリカバーする方向性に転換を図るなど戦略の転換を図っている。機体にも加盟時にSTAR ALLIANCEのマークとロゴタイプを追加している。
*2006年6月2日には、成田空港のターミナルを、従来の第2ターミナルから新規改装オープンした第1ターミナル南ウイングにニュージーランド航空を除くスターアライアンス各社と揃って移転。国際線乗り継ぎの利便性向上も図っている。
*2006年からボーイング737|ボーイング737-700型機を国際線・国内線兼用機として、名古屋-台北(エアーニッポン便)・関西-アモイ・青島に就航させた。
*2006年10月にはアメリカ同時多発テロ事件|同時多発テロの影響による航空需要の落ち込みで一時期運休していたシカゴ線を再開。シカゴはスターアライアンスメンバーであるユナイテッド航空のハブ空港であり、ここを強化する事で集客力をアップさせようとする動きがある。同時に2006年の冬季スケジュールからシンガポール航空・タイ国際航空の拠点であるシンガポール・バンコク線、好調な台北線・広州線(2007年夏ダイヤより)のダブルデイリー化(毎日2便運行)等国際線の拡大を進めている。
*2007年3月25日から、全日空がローンチカスタマーとなったボーイング737|ボーイング737-700ERによる運行を開始した。
*スターアライアンス加盟各社との共同運航にも積極的で、シンガポール航空やルフトハンザドイツ航空、ユナイテッド航空との相互コードシェアや、南アジア・中東へのネットワークもスターアライアンスやカタール航空などの提携航空会社のネットワークを活かして拡大させている。また,南アフリカ航空とコードシェア便の運航も開始して,アフリカへの自社便名(南アフリカ航空の機材と乗員にて運行)の乗り入れも行うようになった。
国際線の進展と今後の動き
*現在ボーイング747-400|747-400の売却を進める一方で、ボーイング777|777-300ERを追加発注している。777-300ERは将来的には合計17機体制になる様子。747-400は2009年までに国際線から撤退、2015年には退役を考えている様子。
*ジェット機材について、現有の6種類の機材を将来的には機体サイズ別に大型機、中型機(B787)、小型機(B737)の3機種(-200,-300等の派生型は除く)に統一し、整備を含めた効率化を図ろうとする動きがあるhttp://jwing.com/w-daily/bn2007/0216.htmhttp://jwing.com/w-daily/bn2007/0307.htm。大型機は、中期的にはB747-400の退役をすすめB777シリーズに統一する動きはあるが、長期的な視野で見た機材選定は決定しておらずA380やB747-8の導入も検討しているhttp://www.jwing.com/w-daily/bn2007/0125.htm。
*現在全日空は発着枠で大幅な増大が厳しい状況であるが、2009年の羽田空港の再拡張・国際化をビッグチャンスと考えており大幅な国際線拡大を模索している。同時に格安航空会社を設立し、国際・国内線を運航させる方針をメディアを通じて発表している。
*今後の路線展開だが、シカゴ・ムンバイとアメリカ同時多発テロ等で運休を余儀なくされた路線を2006年〜2007年に運行再開した事で、中華人民共和国の地方都市への新規就航やアジア圏内、ロシア(モスクワ等)でトヨタ自動車等の海外生産拠点があるエリアへの就航が見込まれる。これらの路線はボーイング787やボーイング737-700ER等燃費の良い旅客機で就航される様子。更にボーイング787導入後は、欧米線に導入する事でダブルデイリーにする事を考えている様子http://jwing.com/w-daily/bn2007/0710.htm。
イメージ転換
2003年に、呼称を慣れ親しまれてきた「全日空」から「ANA(エイ・エヌ・エー)」へ変更・統一してイメージ転換を図り、ロゴも「全日空」から「ANA」に変更し、機体塗装もロゴ部分を変更している。しかし、一般的にはそれ以前から「全日空」もしくは「ANA(アナ)」と呼ばれることがほとんどで、「エー・エヌ・エー」と呼ばれることは少ない。また、各局の報道番組などでは「全日空」の呼称が現在も使われている。また、同時期にグループ航空会社便のANA便名への変更(中華民国便を除く)、塗装の統一(DHC-8-300型などを除く)を行っている。呼称の変更については、「全日空」が中国語で「一日中空っぽ」という意味で縁起が良くないからという説もあるが、中華人民共和国や中華民国などの中国語圏におけるビジネス顧客獲得によるシェア拡大を真摯に考える同社としては、さらにグループ会社との便名統一や、航空業界における競争に打ち勝つ国際的企業イメージの構築をふまえて、ANAへと呼称変更されたと考えるのが妥当と見える(なお、卓球の中国スーパーリーグで福原愛選手が所属する遼寧省チームのユニフォームや北京国際マラソン|ANA北京国際マラソンのゼッケンには漢字で「全日空」の文字が入っている)。しかしながら国際的な知名度は依然低い。同じ2003年には、東京放送|TBS系のテレビドラマ「GOOD LUCK!!」の舞台になった事で、よりイメージアップになった。また、塗装関連では、「マリンジャンボ」を皮切りに現在の「ポケモンジェット」にいたる特別塗装機の就航など他社に先行したアイデアで世間の注目を集めた事もある。また、「あんしん、あったか、明るく元気!」をスローガンにANA全体の環境をよりよいものにしようという運動を実施している。これらのイメージ転換の一環として、2005年5月には十数年ぶりに客室乗務員、地上職員などの制服を一新した。この制服の一新は数年前に一度企画されたものの、経営状況の悪化から一旦中止されていた。
Edyとの提携
2003年よりビットワレット社が運営する電子マネーEdyを支援しており、マイレージサービスである「ANAマイレージクラブ」の会員証にEdyカード機能を追加した「ANAマイレージクラブEdyカード」を発行し、原則としてEdyを200円使用するごとに1マイルが加算されるサービスを実施している(なお、おサイフケータイでも専用アプリケーション「モバイルAMCアプリ」をダウンロードし、「ケータイdeEdyマイル」サービスへの登録をすることで同様のサービスが受けられる)。これによって航空機に搭乗する機会がなくとも無料航空券などの景品を獲得することが容易になったため着実に会員数を増加させている。自社航空券の支払いや、グループ会社の全日空商事が運営する空港内売店「ANA FESTA」での支払いでもEdyが使える。また、10000マイル単位でマイレージのEdyへの交換も行っている。
その他近況
2004年4月にはボーイング社が開発しているボーイング787(開発名称7E7)を50機発注、ローンチカスタマーとなった。ジェットエンジン|エンジンはかつて保有していたロッキードL-1011 トライスター以来のロールス・ロイス製を搭載することが確定している。同年12月1日の東京国際空港(羽田)第2ターミナル供用開始に伴い、全日空グループは全て第2ターミナルからの発着となるなど、イメージ転換に合わせるかのような目新しい事案が目白押しとなった。また、ここ数年は、世界規模での航空不況からの脱却に苦しんだが2003年度は黒字を計上。悲願であった配当|復配も達成するなど、2005年度の決算では過去最高となる660億円の経常利益を計上した。2007年にはエアー・トランスポート・ワールド(ATW)誌上でエアライン・オブザ・イヤーに初めて選ばれた。

